考えすぎるひとの日記

基本ゆるやか時々激しく過ごすぞ

㊴無の呼吸 壱ノ型 チベットスナギツネ

毎日毎日、頭の中が通勤ラッシュ状態の私だが、どうにかして無の状態になりたいと思い無とは何か考えた。しかし考えるにしても方向性を決めることは大切である。今回は初回なので格好から入ることとする。そうだ表情から始めよう。

そうしていつものようにスマートフォンにてググるをしていると、あるお方を見つけた。そのお方とはチベットスナギツネさんである。一見したとき彼こそが無の体現者であると確信した。彼の堂々たるその虚無顔に私に感動すら覚えた。

「彼の絵が描きたい。」そう感じた私は無我夢中で彼を描いた。絵をなど滅多に書かぬ故、時間はかかったが書き終わった後にはなんともいえぬ気持ちになった。当初の目的は未達であるが後悔はしていない。また今度すればよい。 終

 

彼を書いた私はなぜだか無に一歩近づいたような気がした。 

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㊳はじめてのギャラリーで出会った夜の町の絵

今週のお題「最近あったちょっといいこと」

このお題を見たとき「なんかいいなぁ。」という気持ちになり、書こうと思った。

さあ、頭をひねって眉間にしわを寄せながら

「生きていれば良いことのひとつやふたつくらいあるだろ、早く出てきやがれ。」

一分後、ちゃんと出てきた。さあ書こう。

 

最近の私は刺激に飢えていた。

「新しい経験をしたい知りたい知りたい知りたい。」

この衝動は定期的にくるものだったので、その度私は映画館に赴き沈めてきた。だが、とうとう映画館には飽きたらしく、しぶしぶ他のものを探すことになった。しばらくネットで探していると、とあるギャラリーにて絵の展示があるとの情報を見つけた。ギャラリーには一度も行ったことがなくちょうど良いと思った。

すぐに支度を整え、外に出る。電車を乗り継ぎ目的地へと向かう。目的のギャラリーは静かな住宅街の一角にあった。なんと入場料は無料である。いざ入るとそこには複数人のクリエイターの作品が展示されており順番に見ることにした。明るい色彩の麗らかさを感じさせる絵、笑顔の女性の絵、心の中の葛藤をテーマとした絵、どれも魅力的だった。が、私は滞在時間のほとんどをあるクリエイターの絵の前で過ごした。その絵は淡い青や紫が特徴的で夜の人のいない町の絵だった。少し怖いがわくわくしてしまう夜の散歩のような絵でずっと見ていても退屈しない。私自身も昼の喧騒にまみれた町ではなく夜のシンとしたあの空間が好きだった。深夜とは日常の中の非日常を与えてくれる空間なのだ。とても気に入ってしまった私は最終的に絵の前に置いてあったポスターカードを購入し、るんるんでギャラリーを後にした。

 

購入したポストカードは家の机の上に置き、たまにコーヒーを飲みながら眺めたりしている。これからも夜の町のような非日常さを感じられる出会いがあればと思う。

㊲天才のバーゲンセール

※この文章の内容は私の独断と偏見に溢れたものである。

 

「天才って多くね。」最近ふと思う。

今日、私たちの周りは多くの情報で満たされている。そのおかげで、以前であれば知ることはなかったであろう多くの人について知ることができる。そんな状況であれば天才と呼ばれる人たちの情報だって以前より簡単に知ることが可能だ。世間に認知される天才が多くなって当然だ、納得だ・・・・・・とはいかない。問題はそういうことではない。問題は多様化し増加するジャンルのなかで天才という言葉を、容易にまるでバーゲンセールがごとく使用している状況なのだ。嗚呼、今や私のなかでの天才という言葉はモ◯ドセレクションやか◯あげグランプリ金賞ぐらいの認識になってしまった。

「常人が理解できないから天才なんだよお~。」

私の叫びは虚空に消えた。

㊱簀巻き布団 

今週のお題「あったか~い」

寒い・・・ついに冬の到来だ。

この季節、安眠を求む我々はとても大変である。

それは睡眠時の少しのミスで安眠が遙か彼方へ行ってしまうからだ。

だが私には最終兵器がある。これがあれば最強なのだ。

簀巻き布団!

ただ布団をぐるぐるに巻いているように見えるこの形態は実は奥深い。

身体全体が布団に触れているこの状態は安易に熱を逃がさずとても温かい。

なにより抱擁感があり安心できる。

唯一の弱点は見た目が滑稽なところだろうがそんなことはどうでもいい。

今年の冬もこれで乗り切ってやる。

㉟ハードルには高さ調整機能がついてる

現代は競争社会、多くの人が富みを求め日々切磋琢磨している。

哀しいかな、そこには相対的な勝ち負けといった価値感が生まれることもしばしば。

私も例外ではなく他者との競争の中で自分の中の求めるハードルがどんどん上がっていくのを経験したことがある。ただ、このハードルはあくまで主観的なものなので存在に気付けば自分で高さを変えることができる。たとえば「人間生まれたときは何も持っていないのだから負債などなく服1枚来ているだけで儲けものだ。」なんてとこまで下げちゃえば我、無敵である。常、マリオのスター状態である。周りのすべてがクリボーに見えてくるまである。

だが定期的なチェックは必要な気がする。このハードルいつの間にか勝手に上がっているので(笑)

㉞よく考えればただ生活習慣が乱れているだけ

またである、同じ人間を見て絶望感を感じている。

嗚呼、いとつらたん。

※今回、辛いはストレートすぎて惨めさが出るのであえてつらたんを使います。

ずっと絶望しているのも疲れるのでなぜつらたんなのか考えよう。

と言いたいところだが理由はたぶんわかっている。

ただ、どう説明しようか・・・・・・ピカッッ(^O^)!あれだ

自分が時間をかけてやったことを一瞬で再現されてしまう、後から習い事を始めたのに颯爽と追い抜かれる、自分の持つ能力の上位互換を見たときのアレである。

私は自分の凡庸さを見せられて落ち込んでいたのだ。

 

・・・ん、あれ?定期的に考えていることじゃないか。

こんなこと私にとって日常茶飯事なのだ、なぜそんなに悩んでいるのか。(思考中)

そう言えば日光浴びてない!運動してない!!睡眠足りてない!!!

 

と言うことでまた生活習慣見直すぞ。

悩み事などよく考えればたいしたことではない。 

㉝ぼっち形成への道のり その1(たぶん)

自分でぼっちと言うのは痛い感じがして少し抵抗があるが

たぶん私はぼっちだった。(特に高校時代)

今日はその道のりを思い出してみる。

 

両親によれば幼い頃は明るく活発な子供だったそうだ。好奇心旺盛で昆虫と恐竜が大好きで毎日図鑑の模写をしていたのを覚えている。

だが小学校入学後、人間関係で不和が起こり始める。そしてそれが解消されないまま暗黒の中学生時代を過ごすこととなった。この暗黒時代は私の人格形成においてとても大きな影響を与えたと思っている。この頃から人の視線に対して恐怖という感情が交ざり始め、気付けば他人との距離の取り方が分からなくなっていた。

そこから少し時が経過し

いざ高校入学!、中学時代から人間関係は一新され暗黒時代は通り過ぎた。なんと爽やかな新生活の幕開けである。しかしすぐに非情な現実を思い知らされるのであった。それは何か何なのか、あはははは・・・答えは非常に明快

圧倒的対人スキルの不足ッッッ、気付けばすでに周りはグループ化ァァァ(怒)

それからは色々した。おそらく今から書くことはぼっちあるあるかもしれない。

①学校では休み時間が一番苦痛、勉強するか寝たふりをする。

(別に望んでしているわけではない、他にすることがないのだ。)

②昼休みは時間が長いので体調不良を理由に保健室で過ごす。

③たまに複数人で下校する際、ポジションは一番前か一番後ろ。(もちろん一人)

 

このぐらいにするか、疲れた。

後に二人の友人ができるまでこの生活を続けていました。 

 

ぼっちは辛かったけど別に後悔はしていない。

ぼっちを経験したおかげで何事にも思慮深く(ただの考えすぎ)、

寡黙でダンディー(何を話せば良いか分からない)な人間になれた。

私はこんな自分が大好きである。